色々考えていたことのうち、特にくだらないことでも書いておきましょうか。
いつものように脳で腐らせるには惜しいような気がしましたので。
なお、特に根拠の無い考察のようなモノですので期待等は必要ありません。
一応、隠しておきましょう。





「鬼」
身の丈は見上げなければ見ることが敵わず、筋骨隆々としていて角が生えている。
赤い身体をしていて金棒をもち、虎の毛皮を身に着けている。
おそらく一般的(?)な御伽噺に出てくるイメージはこんなものでしょう。
このイメージが定着したのは平安時代の頃だったかと思います。
世でよく言われているように外国人(とくにオランダ人(紅毛人)?)をはじめて見た際のイメージからきているらしいです。
見た目は外人で、地獄云々の話は大陸から来ているようです。
これも知られていることですが、中国において鬼は日本のように地獄の獄卒のような存在ではなく、死者一般を表すようです。


そして、この言葉は元々「穏」という言葉から由来しているとされているのは有名な話です。

ここで、疑問。
俗に言う鬼と穏ではイメージが違いすぎます。
どう考えても鬼は隠れるようなものではなく、堂々と現れ害為すものです。
そこで、少し考えました。

いきなり話が飛びますが堤中納言物語の中に「虫めづる姫君」という話があります。
この作中において、
「蓑虫、いとあはれなり。鬼の生みたりければ、親に似てこれも恐ろしき心あらむとて、親のあやしき衣(きぬ)ひき着せて〜」
という文があります。
この文から蓑虫は鬼の子供であり、親の衣を纏っているというような意味が読み取れます。
ここで蓑虫を想像してみると、その名のとおり蓑を着ているような虫です。
その蓑が親のものであるとすると、現代の鬼というイメージとは違うことが容易に想像できます。
さらに、このような姿ならば鬼よりも、むしろ穏という漢字のほうが適しているような気さえしてきます。
結論から言うと鬼と穏は違うのではないでしょうか。
もともといた穏が衰退してきた頃、音の似た鬼が入ってきて、穏は鬼に吸収合併されたのではないか、と思います。

では、穏とは何か。
鬼が、前述の通り、外国人から来ているとすればそれ以前からいる穏はおそらく日本人ではないかと思われます。
蓑を纏った姿をしていて、隠れるような姿をしている日本人とは一体何なのか。
ここで、また話がずれますが、平安くらいの文学はだいたい中央の朝廷で書かれています。
この時代、賎民などは隠れるなど以前に朝廷の人間には存在しないものの様な扱われ方をしているそうです。
つまり、彼らは隠れる必要が無いということです。
では、中央が書く文章中で隠れるという表現が使われるような人種とは何か。
ここで、隠れるという言葉に注目してみます。
古文に慣れている人なら知っていると思いますが、当時の高貴な人々の文においては隠れるという言葉には死ぬという意味が存在します。
しかし、死んだ人間は(蓑で)身を隠すことはできません。
私はこれらから、死ぬという意味と文字通り隠れるという意味を二重に持つ存在が本来の鬼、『穏』だったのではないかと思いました。
つまり多少無理な解釈ですが、「本来であれば死んでいるはずの高貴な身分の人間」が穏と呼ばれていた、ということです。
死んでいる以上、居場所は無く、その姿を見せてはなりません(見つかれば、おそらく殺されるでしょう)。
故に、蓑を纏い姿を隠していると思われます。さらに、前述の「虫めづる姫君」において親が子(蓑虫)に蓑を着せているのは、穏は高貴な人であり顔が知られているため、似た顔を持つ子もまた蓑によって隠す必要性を感じたためとも考えられます。




以上のようなことをつらつらと考えていました。
最初に記したとおり、根拠も薄く、時代考証も碌にしていないため、つっこみどころが満載と思われます。
そのへんはただの変わり者の戯言と流していただけると幸いです。




……こんなことを考えて貴重な休日を潰す自分がちょっと悲しいです。